車いすで外出するとき、「あの道は通れるだろうか」「近くに多目的トイレはあるだろうか」と不安になった経験はありませんか。
私は柴田あゆみと申します。福祉とテクノロジーの交差点をテーマに、フリーライターとして10年ほど活動しています。車いすユーザーだった母と長年暮らしていたこともあって、外出時の「地図の頼りなさ」は肌で感じてきました。
一般的な地図アプリは、健常者の移動を前提に作られています。最短ルートを示してくれても、そこに段差があるのか、スロープがあるのか、エレベーターが使えるのかまでは教えてくれません。
ただ、最近は車いすユーザーの視点に立った地図情報やアプリが着実に増えてきています。この記事では、私自身が調べて「これは頼れる」と感じた地図情報をまとめました。外出の不安を少しでも軽くするきっかけになればうれしいです。
一般的な地図アプリだけでは足りない理由
車いすでの移動と徒歩の移動は、地図に求める情報がまったく違います。
たとえば、Googleマップで「最寄り駅から目的地まで徒歩5分」と表示されたとします。でもそのルートに階段があったら、5分どころか別の道を探して30分かかるかもしれません。歩道の幅が狭くてすれ違いができないルートを案内されたこともあります。母と出かけていたとき、地図通りに進んだら途中で段差に阻まれて引き返し、結局20分以上余計にかかった経験は一度や二度ではありませんでした。
車いすユーザーが外出前に知りたい情報を整理すると、たとえば以下のようなものが挙がります。
- 段差やスロープの有無
- エレベーターの設置場所と稼働状況
- 多目的トイレの位置
- 歩道の幅や路面の状態(砂利道、タイル、傾斜など)
- 施設の入口が車いすで通れるかどうか
健常者にとっては気にも留めない小さな段差や傾斜が、車いすユーザーにとってはルート変更を迫られる大きな壁になります。こうした情報は従来の地図アプリではほぼカバーされていませんでした。しかし近年、この課題に正面から取り組むサービスがいくつも登場しています。
スマホで使えるバリアフリーマップアプリ
ここでは、スマートフォンで実際に使えるバリアフリー特化の地図サービスを3つ紹介します。どれも無料で利用可能です。
WheeLog!(ウィーログ)
「みんなでつくるバリアフリーマップ」を掲げるWheeLog!は、車いすユーザー自身が走行したルートやスポット情報を投稿・共有できるアプリです。iOS・Androidの両方に対応しています。
このアプリで特徴的なのが「走行ログ」機能。スマートフォンのGPSを使い、実際に車いすで移動したルートを記録して地図上に表示できます。「この道は通れた」という実体験がそのまま他のユーザーの参考情報になる仕組みで、登録スポット数は約6万件、ユーザー数は10万人を超えています。
10言語対応で海外でも利用でき、Googleインパクトチャレンジのグランプリ受賞や内閣総理大臣賞の受賞など、社会的な評価も高い。国土交通省のバリアフリー施策ページでも活動が紹介されています。
神奈川県や岡山県、川口市など、自治体との連携によるオープンデータの活用も進んでおり、単なるアプリにとどまらない広がりを見せています。
ミライロID(ミライロマップ)
デジタル障害者手帳アプリとして知られるミライロIDには、「ミライロマップ」というバリアフリー地図機能が搭載されています。
2022年にバリアフリー地図アプリ「Bmaps」と統合され、施設や店舗のバリアフリー情報を地図上で確認できるようになりました。ファミリーマートやコープさっぽろなど大手チェーンの店舗情報も掲載されていて、買い物先を選ぶときにも使えます。
障害者手帳の提示が必要な場面でスマホをかざすだけで済むという本来の機能に加え、地図機能が一体化している点は外出時に便利です。手帳の管理と地図検索を一つのアプリで完結できるのは、荷物を減らしたい外出時にはありがたい設計です。
Googleマップの「車椅子対応」機能
身近なGoogleマップにも、バリアフリー情報を表示する機能があります。意外と知られていないので、紹介しておきます。
設定方法は、Googleマップの「ユーザー補助設定」から「車椅子対応に関する情報の強調表示」をオンにするだけ。これで施設の入口、トイレ、座席、駐車場、エレベーターが車いすに対応しているかどうかがアイコンで表示されるようになります。
経路検索でも「車椅子対応」にチェックを入れれば、バリアフリールートを優先して案内してくれます。Google Japan Blogの公式記事によれば、入口に車いす対応がないことが確認された場所についても、その情報が表示される仕組みです。
専用アプリほどの細かさはないものの、新しくアプリをインストールしなくてもすぐ使える手軽さが魅力です。
3つのサービスを比較する
それぞれ特徴が異なるので、用途に応じて使い分けるのがおすすめです。
| サービス名 | 主な特徴 | 情報の集め方 | 対応エリア |
|---|---|---|---|
| WheeLog! | 走行ログ・スポット共有が充実 | ユーザー投稿が中心 | 国内・海外 |
| ミライロマップ | 障害者手帳アプリと一体化 | 事業者からの情報提供 | 国内 |
| Googleマップ | 既存アプリに追加できる | 事業者情報+ユーザー報告 | 全世界 |
WheeLog!は「実際に通った人のリアルな情報」が強みで、ミライロマップは「事業者が公式に提供する情報」の信頼度が高い。Googleマップはカバー範囲が広い反面、バリアフリー情報の粒度はやや粗め。一つに絞るよりも併用した方が安心です。
自治体が公開しているバリアフリーマップ
アプリだけでなく、各自治体が独自にバリアフリーマップを作成・公開しているケースも多くあります。
東京都では「とうきょうユニバーサルデザインナビ」というポータルサイトで、都内各区市町村のバリアフリーマップを一覧にまとめています。板橋区、大田区、新宿区、世田谷区、千代田区など20以上の区市町村がインターネット上で地図を公開しており、施設名やエリアから検索できるものがほとんどです。
自治体マップの強みは、その地域に密着した情報が載っている点です。特定のエリアに繰り返し出かける場合や、引っ越し先の環境を事前に確認したい場合には、アプリよりも使い勝手がよいこともあります。
中央区、足立区、府中市、八王子市などは冊子版のバリアフリーマップをPDFで公開しており、印刷して持ち歩けます。スマートフォンの操作が苦手な方やバッテリー切れが心配な場合には、紙のマップも選択肢に入れておくとよいです。
ただし注意点もあります。自治体マップは作成時点の情報で止まっているケースが少なくありません。店舗の閉店やビルの建て替え、新しいスロープの設置といった変化が反映されるまでに時間がかかることがあります。利用時には、アプリの最新情報と照らし合わせながら使うのが安全です。
バリアフリーマップの裏側にある「つくる技術」
ふだん当たり前のように使っているバリアフリーマップですが、完成するまでにはかなりの労力がかかっています。どんな仕組みで作られているのか、少し掘り下げてみます。
ユーザー投稿型の地図づくり
WheeLog!のようなアプリは、ユーザー自身の投稿によって情報が蓄積されていく仕組みです。実際に車いすで街を歩き、通れたルートや使えた施設を一つずつ登録する。地道な一人ひとりの行動が、巨大なバリアフリーマップを形作っています。
メリットは、情報の鮮度が高いこと。工事中で通れなくなった道や、新しくスロープが設置された場所など、変化をリアルタイムに近い形で反映できます。一方で、投稿者が少ないエリアでは情報が手薄になるという課題も残っています。都市部では情報が充実している一方、地方ではまだまだ空白地帯が多いのが現状です。
GIS技術を活用した専門的な地図づくり
自治体が公式に作成するバリアフリーマップでは、GIS(地理情報システム)の技術が欠かせません。現地で実施したバリアフリー調査の結果をデジタル地図上に正確にプロットし、誰でも閲覧できる形に整える。この作業には、測量技術と地図データ処理の両方の専門知識が必要です。
国土交通省が公開しているバリアフリーマップ作成マニュアルでも、「誰もが使いやすいバリアフリーマップを作成するためには、市町村のみならず、施設管理者や住民等の協力が不可欠」と記載されています。行政だけで完結する仕事ではなく、専門企業の力を借りながら進めるケースが多いのが実情です。
GISデータ処理からバリアフリー調査・マップ制作まで一貫して手がける企業の例として、株式会社T.D.Sの事業概要を見ると、その専門性の高さがわかります。国際航業グループの特例子会社として1985年に設立された同社は、従業員の約7割が障害のある方です。東京都初の重度障害者雇用モデル企業でもあり、当事者の視点が地図づくりに自然と活かされている点は、他にはない強みだと感じます。
バリアフリーマップの品質は、調査の精度に直結します。「ここにスロープがある」「この通路は車いすが通れる幅がある」といった情報を正確に地図データへ落とし込むには、現地調査と地図データ処理を高いレベルで両立できる体制が必要です。ユーザー投稿型のアプリと、専門企業による精密なGIS地図。この両輪が揃うことで、バリアフリーマップ全体の質が底上げされていきます。
外出前にやっておくと安心なこと
バリアフリーマップの存在を知っていても、事前の準備があるかないかで外出時の安心感は変わります。私が母との外出で実感した、やっておいてよかったことを3つ挙げます。
- 目的地周辺のバリアフリー情報を、複数のサービスで事前にチェックする。一つのアプリだけに頼ると、カバーされていないエリアで困ることがある
- WheeLog!で同じエリアを訪れた他のユーザーの走行ログや口コミに目を通しておく。「この坂は急だった」といった体感ベースの情報は貴重
- Googleマップの「車椅子対応」設定をオンにして、経路検索時のルート候補をあらかじめ比較しておく
アプリのユーザー投稿は最新情報が反映されやすい反面、投稿がないエリアもあります。自治体のマップは網羅的ですが、更新頻度にばらつきがある。それぞれの長所を理解した上で組み合わせるのがコツです。
初めて行く場所では念入りに、よく行く場所でも「前回と変わっていないか」をときどき確認する。その習慣があるだけで、現地で慌てる場面は格段に減ります。
まとめ
車いすで外出するとき、「この道は通れるだろうか」という不安はなかなか消えません。でも、WheeLog!やミライロマップのような専用アプリ、自治体のバリアフリーマップ、Googleマップのアクセシビリティ機能など、頼れる地図情報は着実に増えています。
こうした地図が充実してきた背景には、ユーザー一人ひとりの投稿、GIS技術を使った専門的な地図づくり、そしてバリアフリー法の改正をはじめとする法整備の後押しがあります。2018年の法改正では、市町村がバリアフリーマップの作成に関する事項を定められるようになり、自治体主導の取り組みが加速しました。
地図は単なるナビゲーションツールではなく、「行きたい場所に行ける」という安心感そのものです。
まずは一つ、気になるアプリをダウンロードして触ってみてください。そして余裕があれば、自分が行った場所のバリアフリー情報を投稿してみてほしい。その一件の投稿が、どこかで外出をためらっている誰かの背中を押すかもしれません。